ジュゴン絶滅論文、批判コメント、そして玉城デニー知事の不承認

論文「Trajectory to local extinction of an isolated dugong population near Okinawa Island(沖縄島付近の孤立したジュゴン個体群の絶滅への軌跡)」に対する私のコメントがScientific Reportsのウェブサイトの論文下のコメント欄で読めるようになった。私のコメントをScientific Reportsが検討し、同サイトで掲載公表したことに感謝したい。(コメントの和訳はこのブログ記事の下にPDFで掲載)

この論文は、同じ著者らによる前論文「Local extinction of an isolated dugong population near Okinawa Island (沖縄島付近の孤立したジュゴン個体群の絶滅)」(2021年)を大幅修正したものだ。前論文に対しても私はコメントを提出していた。ちなみに全論文と修正論文の著者5人のうち3人は、辺野古新基地建設に関わる防衛省が設置した「環境監視等委員会」のメンバーである。この二つの論文の主な主張は「沖縄ジュゴンは絶滅した」というものだ。しかし、修正論文では「沖縄ジュゴンは絶滅に近い、または絶滅した」(“the Okinawa dugong is near-extinct or extinct ")というより慎重な表現が用いられている。






絶滅論文と玉城デニー知事の不承認

辺野古新基地建設をめぐり玉城デニー知事/沖縄県と日本政府との行政・司法での争いが続く中、私のコメントの掲載が知事/沖縄県にとってタイムリーで有益なものになることを願っている。


2021年11月、玉城知事は、日本政府の辺野古基地建設計画にかかる設計変更の申請を不承認とした。これが政府の辺野古新基地建設計画に大きく立ちはだかっている状況だ。玉城知事の不承認の根拠は大きく3つある。第1に、建設地の海底はマヨネーズ状の軟弱地盤であり、工事の実現性に疑問があること。第2に、大規模な海底地盤改良工事は、絶滅危惧種であり日本の天然記念物であるジュゴンに悪影響を与える可能性があること。第3に、これらの問題を抱える辺野古新基地は普天間飛行場の代替施設にはなりえない。  


これに対し日本政府は、1) 地盤改良工事は可能であり、2) 工事によるジュゴンへの影響はないと主張している。今回の修正論文(および前論文)は政府の2番目の主張によく合致するような内容だ。つまり、沖縄ジュゴンが絶滅しているのであれば、工事による影響はない(すでに絶滅しているものに、影響を与えることはできない)という議論を可能にするからだ。


国際的学術誌であるScientific Reportsに修正論文が掲載されたことは、「沖縄ジュゴンは絶滅した」というナラティブになんらかの正当性を与えることになる。そのナラティブに対する適切な公の場での反論がなければなおさらだ。それは日本政府の地盤改良工事の強行へと繋がっていくことになる。今回私のコメントがScientific Reportsに掲載されたことが、ジュゴン絶滅の主張に何らかのチェックとなることを期待したい。今後、政府の辺野古新基地建設計画をさらに問題化するために、知事の不承認、軟弱地盤、そしてジュゴン(ジュゴン絶滅論文も含む)についてのより包括的な論文を海外の人々も読める形にして発表する予定だ。とりあえずここではScientific Reportsに掲載された私のコメントを通じて多くの人に認識してもらいたい論点を2つ紹介したい。


玉城デニー知事不承認記者会見(2021年11月25日)
image Source: 東アジア兄弟研究所 琉球・沖縄センター


修正論文(そして前論文)の特異性
まず第1に多くの人に認識してもらいたいことは、修正論文の科学的価値は一部評価できるとしても、この修正論文は非常に特異なものであるということだ。


修正論文の特異性は、著者らが「沖縄ジュゴンは絶滅した」という主張に固執しているところに現れている。実際、著者らの前論文は沖縄ジュゴンの絶滅を宣言していており、私たちはその露骨な宣言を取り下げさることに取り組んでいた。今回の修正論文では、同じ主張に固執しながらも、「いずれにせよ、残り2頭のジュゴンで個体群を維持することは困難であり、沖縄のジュゴンは絶滅に近いまたは絶滅したと言わざるを得ない」という慎重なようで非常にぎこちない表現が用いられている。なぜ著者たちは科学的により適切である「絶滅に近い 」という表現で満足しなかったのだろうか。なぜ、わざわざ国際的科学誌で「沖縄のジュゴンは絶滅したと言わざるをえない」としなければならなかったのか。別の言い方をすれば、沖縄のジュゴンが絶滅してと宣言することで誰が得をするのだろうか、と問わざるを得ない。(多分、防衛省?) 


しかし論文の特異性が最も顕著に現れているのは、著者らが辺野古基地建設プロジェクトに関与していることを不透明にしている点だ。著者らはこの論文を書くにあたって「利益相反」はないと宣言している。これは倫理的問題を提起する。なぜ著者らは、他の多くの研究者たちが同じような状況に置かれたときに行うように、自分たちの関与について正直に表明しなかったのだろうか。もちろん、基地建設との自らの関わりを宣言していたら、国際的な学術誌でパンドラの箱を開けてしまうことになったであろう。しかし、研究者としての倫理的リスク負いながらでも、あえて国際的な科学誌で「沖縄のジュゴンは絶滅したと言わざるをえない」としたのはなぜなのか。沖縄のジュゴンが絶滅すると誰が得をするのだろうか。やはり問わざるを得ない。

 

沖縄ジュゴンを守る国際的取り組みの軌跡
Scientific Reportsに掲載された私のコメントを通して多くの人に認識してもらいたい2点目は、市民運動の視点からの論点だ。どんなに小さなグループであっても、専門家、国際機関、気概ある記者、同僚・友人からのサポートがあれば、国際的な場で、権力を持つ者に対して有効な挑戦をすることができる、ということである。記載されたコメントに対する全責任は私一人にあるが、私のコメントは、沖縄ジュゴンに関心を持ち、前論文と今回の修正論文を問題視する人々との連携と取り組みから生まれたものである。

20215月、前論文に最初に私の注意を向けてくれたのは米国のNGOの仲間だった。私は前論文に挑戦することを決め、コメントをResarch Square投稿した。また共同通信社の記者は同論文を取り上げ、記事を書き、その記事は日本国内の他の多くの新聞に掲載された。さらには国際自然保護連合(IUCN)の海牛類専門家グループも前論文に異議を唱えてくれた。同グループは、沖縄県に対して「仮にこの論文が校閲を通過して出版されたとしても、沖縄ジュゴンが絶滅したとするその主張は全く信頼に値しない」 「201912月、IUCNは南西諸島のジュゴン個体群を「深刻な危機 Critically Endangered」の状態にあると判断」した、とする書簡を送っている。その結果であろう、前論文の著者らはResearch Squareのサイトにおいて論文の大幅修正(major revision)を求められことになった。


そして2022年4月、今度は森林保全の分野で働く親しい日本の友人が、Scientific Reportsに修正論文が掲載されていることを教えてくれた。私はその後、Sientific Reports/Naturenの編集者にコメントを送った。その後20231月、今度は米国のアジア研究分野で活動する仲間が、中国海域のジュゴンの絶滅に関する記事のなかで、同修正論文が引用され、沖縄のジュゴンが絶滅したと記事には書かれている、と伝えてくれた。驚いた私は、その記事のレポーターと編集者に連絡を取り、沖縄のジュゴンは絶滅していないこと、そして引用された修正論文の表現は誤解を招くものであることを伝えた。また、IUCNによる南西地域のジュゴン個体群の評価などの参考文献を紹介した。その後その記事は修正され、現在は”日本のジュゴンの個体数は心配なほど少ないようだ” という表現になっている


このレポーターや編集者とのやりとりをきっかけに、以前に送ったコメントを少し修正してScientific Reportsに再投稿した。それが現在Scieentific Reportsのサイトで読めるようになっている。

 

ジュゴン絶滅論文の著者らが「沖縄島付近の孤立したジュゴン個体群の絶滅への軌跡(Trajectory to local extinction of an isolated dugong population near Okinawa Island)」についてど書いていくのは自由であり、それは尊重されるべきであろう。しかし、市民、専門家、メディア記者など多くの人々と国際機関が、沖縄ジュゴンを救うための国際的な取り組みに関わり、その取り組みの軌跡を報告していることも著者らには認識してもらいたい。


Okinawa Environmental Justice Project

代表

吉川秀樹



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